多くの若者が、豊かさを求めてローカルな地域へと向かっている。

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若者たちが、ローカルを求めて地方に流れているという話をよく聞きます。では、なぜ若者たちが地域に流れているのでしょうか?

そもそもの「ローカル」の意味ですが、「その地方に限定される風俗・自然・情緒などの特有なことやそのさま」「地方の、地方特有の、また、局地的・局所的な」などの表します。コトバンク:ローカル

ローカルへの流れには、何か共通する感覚があるのではないかと僕は考えています。

里山の強さを学ぶ『なんもく大学』

群馬県の南西部に位置する南牧村は、人口約2000人の村です。自然が豊かな山間部に位置する村ですが、若者の流出と高齢化が進んでいます。ただ、都心からの若者が流入する動きが出てきています。その一つが、「なんもく大学」の活動です。

参照:なんもく大学HP

なんもく大学南牧村から持続可能な未来を学ぼうと、東京出身の女性が同士を募ったのが始まりです。空き家を自分たちでリフォームしてキャンパスとして活用しており、フェイスブックを介して参加者が集まり、イベントが開かれています。

「ゼミ」という形で南牧村の住人を先生として迎えて、薪ストーブづくりや石切り体験などさまざまなイベントを通じて、村で生きるための知恵や風習などを学んでいるそうです。

なぜ、南牧村に若者は向かうのか

過疎化が進んだ村に向かう理由。それは、その村に何かしらの「豊かさ」を感じているからだと思います。

村には、一歩家の外に出れば、直接触れ合うことができる自然があふれています。人と自然が共生する関係がそこにはあるのです。

昔の山間部の村での生活といえば、人と人が互いに助け合うことが不可欠な環境です。そして、その環境から育まれた助け合いの文化が今も村人たちに引き継がれているのです。人との関係性を大切にする暮らしがあると言えます。

先人たちが暮らしてきたという歴史の流れが場所と人に結びついて、人の存在の価値を感じられるような関係の世界があるのだと思います。1年先もわからないような激動の時代に生きている僕たちは、いつの時代においても変わることのない確実さを感じられる「価値」を求めているのかもしれません。

その価値が、自然との共生や人と人との関係性だったり、歴史と結びついた暮らしに繋がっているのではないかと思います。さまざまな関係性が自分の存在の価値を肯定してくれるような世界といっていいのかもしれません。

最後に

現代に生きる僕たちは、自分という人間の価値を感じにくい環境に生きているのかもしれません。

大抵の人は自分にしかできない仕事ではなく、どこかの誰かに自分が代替されても、その歯車が回るような仕事についています。基本的に、仕事においては代替可能な人間なのです。これは逃れられることができない現実なのです。この代替可能であるという点に、なんとなく自分という人間の空しさを感じるのだと思います。

また、特に地方から出てきて都会に住んでいる人は、いま住んでいる土地と自分自身が繋がっているという感覚を持ちにくいと思います。土地と結びついていない暮らしをしていると、なんとなく自分という存在の軽さを感じるものです。

なんもく大学の活動をするみなさんのような若者たちは、自分の心の中で見出した価値を探すために、ローカルへと向かっているのではないかと思います。ローカルで活動することによって、いまの社会や自らが抱える問題を理解しようとしているのかもしれません。

それではまた!

現代社会の課題をローカルからわかりやすく紐解いているおすすめの本です。↓

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