実業家であり、元株式会社ワイキューブの社長を勤めていた安田佳生さんは、境目(さかいめ)研究家という面白い肩書きでの活動をされています。
参照:境目研究家安田佳生
安田さんは、これまで起業、会社経営、倒産など、さまざまな経験をされてきています。そしてその経験から得た幅広い知見から、示唆に富んだ情報をツイッターで発信をしています。
安田さんの発信する内容は、仕事観、人生観などさまざまですがその中で、一つの軸として「継続することの大切さ」を主張されています。
今回は、「継続することの大切さ」に関してのツイートを僕なりにまとめてみました。参考になることがあると思うので、ぜひみてください。
継続し続けることの大切さ
好きな事をやって、誰かの役に立つ。それ自体は、そんなに難しい事ではありません。それをダイレクトに収入に結びつけようとするから、難しくなってしまうのです。まずは、自分の好きや得意で、誰かの役に立つ方法を考える。そして少しずつ実行する。3年間続ければ、必ず仕事へと繋がっていくのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2015年12月25日
頑張らなくちゃ何ごとも成し遂げられませんが、頑張り過ぎてはいけません。毎日何時間サボってもいいのですが、サボり過ぎてはいけません。まず、何を頑張るのかを決める。次に、頑張るべき事を、毎日少しだけ頑張る。それを何年も何十年も続ける。サボるべきは時間であり、頑張るべきは期間なのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年2月16日
好きなことを仕事にするために、一番重要なのは粘り強さ。二番目に重要なのは運だと思います。とにかく長い期間コツコツとやり続けること。何年間もやり続けているうちに不思議な運が巡って来るのです。運に巡り会うには時間がかかります。だからこそ、続けられるやり方を考えなくてはならないのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年5月13日
継続とは何か。ここに全てのイノベーションが集約されている気がします。継続とは、毎日(もしくは毎週)同じ作業を続けること。同じ作業の中に、必ず(ほんの少しの)変化を取り組むこと。目的(お金以外)を持って取り組むこと。休まず、手を抜かず、やり過ぎず、ずっと続けられる方法を考えること。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年5月17日
石の上にも三年と言いますが、ただ座っているだけではいかんのです。座る目的を考えたり、座り方を工夫したり、座ることを疑ってみたり。座ることを突き詰め、座ることを極める。真面目に座るとは、そういうことなのです。真面目に働いているのに収入が増えない。それは、ただ働いているからなのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年12月14日
こうやって毎日、似たようなことをつぶやいているわけですが、決して同じことをつぶやいているわけではないのです。毎日少しだけ自分の思考を更新しているのです。似たような毎日、似たような仕事、似たような人生。そこに変化をもたらすのは劇的な何かではなく、毎日のほんの少しの「更新」なのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年7月5日
同じことをやり続けても、成長はありません。でも、同じことをやり続けないと、成長のきっかけが掴めません。正確に同じことをやり続ける。それが成長への第一歩。そこに、ほんの少しの変化を加える。より良くなるための工夫。加えては戻し、戻しては加える。成長とはとてつもなく地味な作業なのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2017年2月28日
10年以上ジムに通っています。週に1回、1時間だけ。トレーニングしては休憩し、またトレーニングして、また休憩する。よく考えてみたら、休憩している時間の方がずっと長いのです。実際にトレーニングしている時間は15分だけ。週に15分。その積み重ねだけで人間の身体は大きく変化するのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年11月13日
時計職人になるとか、歌舞伎役者になるとか、会社経営をするとか。小さい頃に明確な長期目標を立てて、コツコツと努力すれば、かなりの確立で目標は達成出来ます。にもかかわらず、「志望校に入る」とか「大企業に就職する」とか「売上を達成する」とか、短期的な目標ばかりを持たされてしまうのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年8月31日
近所の寂れた喫茶店を見つけたら、それはビジネスチャンス。足しげくその店に通い、オーナーになった気分で売上アップの方法を考える。1日1コ何らかのアイデアをひねり出し、ブログやFBに毎日書き込む。すると2〜3年後には、立派な喫茶店コンサルタントが出来上がっている、というわけなのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2017年3月9日
三匹の子豚に例えるなら、時給で働くアルバイトが藁の家。月給で働く正社員が木の家。スキルを磨いて自立するのがレンガの家。レンガの家に住むのは理想ですが、建てるのに時間がかかります。でもそれでは食べていけない。だったら木の家に住みながら、コツコツとレンガの家を建てていけばいいのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年6月18日
日々の仕事をパターン化するのは悪いことではありません。スピード、効率、正確さ、などはパターン化することによって向上します。問題なのはワンパターンになってしまうことです。パターンの一部分を意識的に変化させ続けることが重要なのです。固定化した瞬間にその仕事の報酬は下がっていくのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年5月21日
どんな仕事も真面目にやると結構しんどいわけです。神経も使うし、体力も使う。でも嫌いな仕事じゃなければ、しんどくても苦にはなりません。この、苦にならない仕事をするというのがとても大事なわけです。苦にならなければずっと続けても心が病みません。仕事はやり続けないと上手くならないのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2016年1月26日
同じステップを何度も繰り返すことによって、とんでもない飛躍が生まれるのだとイチローさんは言っておられます。でもそれは何も考えずに同じ事を繰り返すという意味ではないはずです。同じルーティンの中から発見される、ほんの小さな気づき。小さな変化を積み重ねた結果、大きな変化が現れるのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2015年12月27日
未来を予測しないと、先手が打てません。でも未来に心を奪われると、不安で動けなくなります。過去から学ばないと、失敗が防げません。でも過去に心を囚われると、後悔に押しつぶされてしまいます。未来や過去を考える時には、決して心を持ち込んではならないのです。心を置くべき場所は、今なのです。
— 安田佳生 (@yasuda_yoshio) 2017年2月19日
おまけで、作家の志茂田さんの言葉も紹介しておきます。
人がやらなかったことをやると、みんな笑う。でも、それを5年続けると笑わなくなる。10年続けると、みんなの姿が見えない。おかしいな、と思いながら15年続けて、変な気配に気づいて振り返ると、みんな後についてきている。貫くとそういうことになる。
— 志茂田景樹 (@kagekineko) 2016年3月1日
最後に
継続することの大切さは、このブログを読んでくれる読者の方に伝えていきたいことの一つでもあります。
自分自身が、継続することを体現することによって、より説得力を持って伝えていけるようになりたいですし、そのためにも毎日を大切にして、進んで行きたいと思います。
株式会社ほぼ日の糸井重里さんは、「今日のダーリン」という文章を1999年6月6日の創刊から、毎日、一日も休まずに書き続けています。
そんな「今日のダーリン」は、「毎日、更新されて、毎日、消えていくコンテンツ」なので、基本的にはアーカイブは残っていません。
参照:糸井重里が書く日替わりエッセイ、「今日のダーリン」のバックナンバーについて。
読者の心のすっと入ってきて、何かしらの気づきを与えてくれる言葉が、消えていくコンテンツとしてあるというのは、そのときどきの言葉を大切にしようと思わせてくれます。
ただ、アーカイブが残らないがゆえに、なんども読み返したい文章があったら、自分で何かしらの形で残しておかないといけません。
2017年5月3日の文章もそんな読み返したい文章だったので、時々読み返せるようにこのブログに残りておきたいと思います。
この日の文章は、「続けること」についてとても考えさせられるものでした。
19年近く毎日書き続けている「今日のダーリン」
2017年5月の一ヶ月間、休みをとっているそうです。それでも、これまでずっと書き続けてきた今日のダーリン」を更新し続けています。以下、2017年5月3日の今日のダーリンからの引用です。
・この、毎夜30分から4時間くらいかけて書く
『今日のダーリン』という短文をやめたら、
ぼくの生活はどんなふうに変化するのだろうと思った。30分でなんとかしてしまえ、という場合もあるが、
あの震災の直後は、考えたり書きかけたりしながら、
いくらでも時間が過ぎていくという経験をした。ともだちと夜中まで話していたりしても、
そのまま帰って寝るということはなく、
27文字40行のへたくそな文章をなんとかしてから寝る。
夜中にテレビ画面で映画なんか観たり、
おもしろい本に夢中になったりしても、
そのあとに、なにかを書かないといけない。
そういうことを19年近く続けている。こういうふうに書くとつらそうに思われるかもしれない。
だけど、習慣というものはおそろしいもんでね、
できるとわかっていることをやるのは、
そんなにつらいものじゃないんだよね。
いっしょにしちゃ失礼だとも思うけれど、
矢野顕子がピアノの練習するのだって、
つらいといえばつらいかもしれないけれど、
実際にやれてるんだから、そうでもない
とも言えるんじゃないかな。
習慣になるというのは、助かるよねぇ。それでもさ、『今日のダーリン』を書かずに、
「このまま今日一日を終りにできる」のだとしたら、
酔っぱらったようなうれしい気持ちになるだろうね。
「いいの?」って、にやにやが止まらないだろうな。
そして、それは、実は、
毎日そうすることができるはずだった。
そして、さらに、この5月は、
そういうことをすると決めて迎えたのだ。
なのに、こうして27文字を、いま36行書いている。
あと、こんなふうに4行を埋めていけば、
まるで昨日までと同じような『今日のダーリン』だ。
なにかを変えるということは、
ことほどさようにむつかしいものである。今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
明日こそ、なにかあるかもしれないし、ないかもしれない。
何かを続けた先にあるもの
毎日文章を書くことを、19年近く続けているというから、言葉の説得力が違います。
「できるとわかっていることをやるのは、そんなにつらいものじゃないんだよね。」という言葉が特に印象的で、何かを毎日継続していると、やる気さえあれば「それ」が絶対できるという自信が生まれてくるのだと思います。
そして、その自信が習慣を生むのではないでしょうか。習慣は、人を形づくる根っこのようなもので、日々の習慣こそが人を大きく成長させるものだと思います。
また、習慣として続けていることは、ちょっとやそっとのことじゃやめることができない「呪い」のようなものなのではないかとも感じました。
19年毎日書き続けている文章を、いきなりやめるなんて、続けるよりも精神的なダメージが大きいですよね。やめるより、続ける方が楽という域に、糸井さんはたどり着いているのでしょう。
最後に
毎日何かを継続するということは、スキル的な問題もあるかと思いますが、一番は大事なのは続けようとするメンタル的なところです。
そして、続けることが習慣になったら、その習慣は簡単には崩れないと思います。
習慣こそが人を形づくるということを、僕自身肝に命じながら、毎日コツコツと前に進んでいきたいです。
それではまた〜!
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