文章を話すように書く方法。

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よく文章は話すように書くほうがいいと言われることがあります。ただ、話すように書くということは簡単にできることではありません。

ほぼ日の社長の糸井さんが『インターネット的』の中で「話すようについて書く」について語られていたのでシェアします。

ほんとうに、話すように書く

糸井さんは、インターネットでの文章は、できる限り「耳から読んでもらう」ように書いているそうです。以下、引用です。

僕の文章は、ひらがなを多用していると言われますが、ぼくとしてはわざわざ多用しているつもりはないのです。世の中の人が漢字を使いすぎるのではないか、とは思っていますが。人間がしゃべるときには、だいたい、ひらがな、漢字、と意識していないはずです。漢字は、もともと中国からの輸入ですから、しゃべり言葉で使うと、外国語のように、一瞬何を言っているのかわからないという可能性があります。インターネットでの文章は、できる限り「耳から読んでもらう」ようにして書いています。

わかりにくいことを、わかりにくいままに伝えることなら、そんなに難しいことではないでしょう。わかりにくいことを、できるかぎりわかりやすく伝えようとすると、言っている自分がちゃんとわかってないと無理です。ですから、簡単に言えるようになるまでには、ぼくは、そのことについて言わないようにします。時々は、見栄を張っていうこともあるのですが。内容はともかく、暴走族がやるスプレーの落書きじゃないのだから、文章を漢字だらけにしなくてもいいでしょう。

いままでの書き手は、わかりやすく言おうという意志よりも、かたちを整えようだとか、どう見られようというところで、がんばっちゃっていたように思います。それはそれで、スタイル(文体)の美しさであるとか個性というものがたしかにあるとは思うので、敬意ははらいますが、みんながそれを追求していても「伝えたいこと」がおいてけぼりにされてしまうでしょう。
つまり、わざわざわかりにくくしているために、わからなくなる。通じにくくしているために、通じなくなっている、ということをとにかくやめようじゃないか、と。知識や思考を武器にして自分を認めさせようという場では、みんながわざわざわかりにくいことを言い合っていることが多いですよね。
耳で聞くことを相手に書くということでは、たとえば、邱永漢(きゅうえいかん)さんの文章には、感心させられます。自然に、相手がわかるように語れる。これはできそうに見えて、ほんとに難しいことです。自分の中でこなれきっていることだけを語っているからなのでしょうね。その深さも含めて、実に良いお手本だと思っています。

最後に

糸井さんの文章を写していて、ぼく自身が漢字を多用していること気がつきました。

糸井さんの文章も参考にしながら、話すように書くことを意識して、この後の数回のブログを書いてみようと思います。

それではまた!

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