途上国の旅がおもしろいのは、生々しい人間の営みを感じられるところ。

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世界中どの国を旅しても、その土地ならではの文化や風土があります。

ただ、それらの見え方がいわゆる経済的から先進国と途上国と呼ばれる国々の間では、大きな違いがあると感じます。

発展途上国では、いい意味でも悪い意味でも、露出している文化や風土のなかで、イキイキと生きる人々の営みが感じられるのです。

なまなましい人間の息吹

僕は大学時代に途上国の何カ国か旅をしましたが、インドなんか特に印象に残っている国で、出会う人々皆々から、圧倒的な生のエネルギーを感じました。日本では感じられないようなものです。

芸術家の岡本太郎さんも、途上国の魅力について、『自分の中に毒を持て』のなかでこんなことをいっていました。以下、引用です。

ぼくは世界の各地を旅行して、いわゆる先進国よりも、むしろ経済的な意味での後進国の方に限りない魅力をおぼえる。GNPは低い。人々はぎりぎりに生きている。しかしふくらんでいる。

彼らの生活、現在の精神状況にふれ、また過去の文化の遺産をてらしあわせてみても、はっとするほど豊かで高貴なものを感じとる。もし人間性をいうなら、そこにこそなまなましい人間の息吹がある。

「なまなましい人間の息吹」という言葉は、言い得て妙だと思いました。人々が、今を全力でいきているように見えるのです。

日本に生まれ育ったからこそ、そのように映るのかもしれません。

日本の都市部のコンクリートジャングルに住んだり、通っていたりしていると、どこか無機質で、そこに生を感じることは少ないです。ましては、満員電車に揺られるサラリーマンから、生気を感じることなんかないです。

日本の地方にいっても、なまなましい人間の息吹なんか感じることはないです。なぜイキイキさを途上国の人々が持っていて、日本人が持っていないのか。それは、高度に発達した経済と社会システムにあるのかもしれません。そして、そのシステムに飼いならされた犬のようになっているように思えます。

経済的に豊かになると、人々から人間らしさが薄れていくのか

なまなましい人間の息吹が感じられないから、日本がダメだといいたいわけではありません。

ただ、一昔は日本人も持っていたであろう、生きることに対する圧倒的なエネルギーのようなものは、人が生きるためには非常に大事な要素だったのではないかと感じます。

生きることに対する喪失感とでもいいましょうか。どんよりと、将来に対する漠然とした不安のようなものが人々の間にうずまいているような、そんな気がします。

近い将来、今途上国と呼ばれている国々も、経済的にどんどんと豊かになっていくことでしょう。それにしたがって、人々からなまなましい人間の息吹を感じられなくなってしまうと思うと、日本という国に住む者のエゴでしかありませんが、残念に思えてしまいます。

経済的に豊かになり、社会システムが高度化していくと、人々から「人間らしさ」が薄れてしまうのでしょうか。

最後に

良い意味でも悪い意味でも、途上国はカオスな状態が未だに残っており、人々から生々しい生のエネルギーを感じることができます。

現地の子供達の屈託のない満面の笑顔を見ると、何が「正しい」ことなのかわからなくなる時もあります。

発展した国々を旅することも良いですが、まだまだカオスさが残っている国々を旅すると、思ってもみなかった発見がたくさんあると思います。

僕も、これから多くの国を実際に自分の目で見てきたいです。

それではまた〜!

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