なぜ、いじめは起こるのか?スケープゴート理論から読み解く。

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岩波新書から出版されている『文化人類学への招待』に、スケープゴート理論という非常に興味深い記述がありました。

スケープゴート理論は、人類学者であったフレイザーが提唱した理論です。

「スケープゴート」は、「身代わり」や「生贄(いけにえ)」などの意味合いを持つ聖書由来の用語ですが、フレイザーが提唱した理論は、なぜいじめが起こるのかについて、読み解く鍵にもなるのではないかと思います。

集団の中の異分子を排除する

文化人類学への招待』では、スケープゴート理論を脚注において、以下のように説明しています。

世界の諸文化の中で、文化の均質性を確立するために、異質な要素を血祭りにあげる儀式がひろく観察される。こうした否定的な要素は記号論の上で「負の項」と言い換えることができる。

文化および個人のアイデンティティは、こうした「負の項目」を再生産することによって安定を保証される。学問のパラダイム変換に際しても、往々にして、こうした異分子排除の手段に訴えられることが多い。

世界中で、文化の均質性を保つために、異質な要素を血祭りにあげるような儀式が行われていたというのが非常に興味深いです。

日本における異分子排除の例をあげてみると、村八分という風習が江戸時代から日本のいたるところで行われていました。村八分とは、村のルールや秩序を破った人やその家族に対して、村人全員が結束して、付き合いを一切断つことを言います。

村八分の詳しい由来は以下の通りです。

村八分の「八部」とは、十分ある交際のうち、葬式と火災の際の消火活動の二部以外は付き合わないという意味からで、のけ者にすることを「八分」するとも言った。十分のうちの八分は、「冠・婚礼・出産・病気・建築・水害・年忌・旅行」である。村八分とは

まさに村八分も、ある共同体の均質性を確保するために、異分子を排除するという事例の一つと言えるでしょう。

スケープゴート理論といじめの関係性

スケープゴート理論から考えると、いじめは無くならないものであると言えてしまう気がします。

なぜなら、異分子を作り上げ排除することで、集団や共同体の安定を保つという人間の本能的なものが、スケープゴート理論から見え隠れするからです。

そして、いじめをすることの根底には、結果としてその行為が自己保身につながっているのと考えるのが、僕自身がこれまで生きてきたなかでの経験則としてあります。

もちろん、いじめを肯定することはできませんし、出来るかぎりいじめを未然に防ぐような対策は必要です。

最後に

先人たちが、異分子の排除の文化が世界中で行われていたということを理論として示してくれました。

スケープゴート理論からいじめをみると、どうしてもいじめはなくなるものではないと考えるしかありません。

いじめはどこでても起こりうるし、無くならないことであるという前提を持つことによって、いじめ対策のアプローチの仕方が変わってくるのではないかと思います。

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