正論は、時に人を簡単に傷つけるナイフになる。

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目に見える傷であれば、時間が経つにつれて自然と治ってきますが、心に負った「傷」は長年にわたり人を苦しめることがあります。

正論は使い方を誤ると、間違いなく人の心を傷つけます。

正論は、文字通り「正しく」あるので言葉の切れ味が鋭く、時にはその言葉を受けた人の心の奥深くまで突き刺ささるのです。

今回は、正論についてです。

正論は人の心を傷つけるナイフになる

正論で畳み掛けてくるような人は、たいてい頭の回転が早くキレがいい人が多い気がします。もちろんそういう人は、交渉力に長けており、コミュニケーション能力も抜群にあるため、非常に優秀な人が多いです。

ただ、そんな優秀な人たちが陥りやすいのが、部下などに対して正論で詰めていくような姿勢です。

正論でことごとく言いくるめられたなんてエピソードを、誰しも一つくらいもっているのではないでしょうか。僕自身もそんな経験があります。

以前、上司と組織のあり方について話していたときのことです。

僕はチームプレーを重視するべき派でしたが、上司は、「どんなに助け合いの精神があってチームプレーができても、個々の力がないと試合にもならないし、勝負にも勝てない。チームプレーがうまくなくても、個々の力が優れていれば試合に勝てる。」的なことを言っていました。

確かにそれは正論かもしれません。それはそれでいいのですが、その時の上司は、今思い返すと何かにイライラしていたのかもしれませんが、僕の意見を徹底的に否定するような高圧的な態度で正論を撒き散らしていました。

なぜだか忘れましたがそこから発展していき、「これまで何を学んできたの?」などと言われたことを今でも覚えています。

今では笑い話になるような話なのですが、当時の僕は上司の話を真に受けて、相当へこみました。

その時の正論の何が私を傷つけたのか?

振り返ってみて、彼が言った正論の何に傷ついたのかを考えてみると、僕が言った意見は上から全面的に否定されたことが挙げられます。そして、その正論からは「おもいやり」や「愛情」がまったく感じられなかったのが大きいです。

さらに、実は正論以上に僕を傷つけたのものがあって、それは「意見を言った自分自身が全面的に否定されたこと」でした。なぜ意見ではなく、本人を否定することことできるのか、その当時は甚だ疑問でした。

意見が否定されるということは、よくあることです。ただ、否定をするにしても相手を少しでも思いやる気持ちや、なにかしらのアフターフォローがないと、部下からしてみたらただの嫌な上司です。

正論ばかりの人とどのように付き合っていくか

日常的に、正論ばかりの人と付き合っていくのは、かなりしんどいことです。

それが、家族であったり、仕事場の同僚だったりするのであればなおさらです。おそらく、この記事を読んでいる人の中には、そんな周りの人との付き合いに困っていたり、心に傷を負って、自信をなくしてしまっている人がいるでしょう。

こうすれば解決するよ、という解決策は僕には出せません。ただ、一つ自信をもって言えるのが、正論ばかりの人との付き合い方に困っていたり、正論を言われて傷ついたという状況を、一人で抱え込まないということです。

身近にいる人に話すだけでも、だいぶ心持ちが違ってきます。つらさを周りの人にシェアして、一人で抱えていたつらさをできるだけ軽くしてしまいましょう。

もし、どうしても我慢の限界だということであれば、心と体が休まる休息を十分にとったり、もうこれ以上付き合いたくないと思う人から、距離をとるべきでしょう。

無理に付き合って、心身ともに病んでしまっては元も子もありません。

最後に

人と人とのコミュニケーションにおいて、どのようにすれば自分の思いをうまく伝えることが出来るかを、まず相手の立場に立って考えることが重要です。

正論を言うのが悪いという訳ではありません。正論で相手を傷つけてしまうのは、正論の使い手に原因があるのです。

正論なので、受け手は反論することが出来ません。しかも、正論を受ける立場は、たいてい弱い立場であり、正論だからこそ相手の逃げ場を無くし、追い詰めてしまうのです。

僕も、正論ばかりで高圧的な人との付き合い方に苦しんでいた経験があるからこそ、今苦しんでいる人には、無理だけはしないでほしいと思います。

そして最後に、僕自身、自信をなくしたり、つらいことがあった時に見て、幾度となく励まされ、背中を押してくれた動画を下記に紹介しておきます。

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