現実から避難するための読書。

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小倉ヒラクさんが、読書に関してすごく共感するツイートをしていました。

現実から一時的に避難するために、読書が良いということです。

①僕の本やブログ読んでくれたり、トークイベント遊び来てくれた人から「なんでそんなに色んなジャンルの本読んでるんですか?」と言われることありますが、世の博覧強記の傑物に比べたら僕は小僧っ子のようなもので。ただ確かに小さい頃からやたらめったら色んな本を読んできたのは事実。それはなぜか

②本を読む、勉強するというのは「何かを得るため」だけではなくて。実は「何かから逃げるため」という側面も大きい。僕は身体弱くて協調性ゼロの性格だったので現実から逃げるために本を読みまくった。本を読んでるあいだは熱がツラい!とか友達いない!という現実から逃避することができるからね。

③僕が「これだけの本を読んできた」というのは「これだけの現実から逃避してきた」ということに等しい。たくさん勉強して賢い人間になるぞ!という気持ちは一ミリもなくて、本を読んでいる間だけは自分の将来とかいう面倒くさそうなことを考える必要がなかったので没頭していたに過ぎない。読書は逃避。

④しかし社会人になってからの読書は、残念ながら「何かを得るための読書」になってしまうんだよね。仕事に必要だから、とか教養が必要だから、という理由でする読書にはロマンがない。最強に没頭できる読書は功利から離れた「非現実の孤島」で一人きりでするもの。でも僕にはその島に渡る船がない。涙

⑤「どれだけ色んな世界に逃避したか」という経験は、意外にも社会に出てから役に立つ。社会の不条理に直面した時、例えば上司や顧客からパワハラ受けた時に、話を聞いたフリして「半分あっちの世界」に行くことができる。愚直に壁にぶつかって粉々になるより、逃げてしまったほうがいいこともある。

⑥人の言葉や起こった出来事を真面目に受け取りすぎると生きづらい。どんなエラい人が言った説得力ある言葉も、身に降りかかった苦境も「話はんぶん」で受け取るのがいい。心の持ちようは簡単に変えられないので本を読んで「言葉とストーリーのサンプル数」を増やすのが役に立つ。心を折れさせない訓練。

何かを得るための読書にとらわれない

社会人になると、大半が知識や知恵を得るための読書になるというのは、ほんとその通りに自分もなっていると感じます。

もちろん勉強のための読書も大事ですが、現実から一時的に逃れるためには、小説や物語りが断然いい。

言葉が描写する、場所、情景、人混み、感情などなど、ストーリーに入り込むことができますからね。

棚にしまってある、ずっと手をつけていない文庫本の小説を取り出して、読んでみようと思います。

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