能力ではなく、可能性を信じられる人間になる。

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「能力がある人」と聞くとどのような人をイメージするでしょうか。スポーツ界で活躍するアスリートだったり、英語がペラペラなビジネスマンだったりと、いろんな人を想像することができるでしょう。

人は誰しも、いろいろな能力を得たいと思い努力をします。ただ、能力を獲得した人の中には、自分が何もできなかった頃のことはすっかり忘れてしまう人がいます。そして、できない人を批判し潰してしまうこともあるのです。

努力をして能力を持つということは大切なことですが、もっと大事なのが、自分と他人の可能性を信じることなのではないかと思います。

能力至上主義者となり、能力を過大評価してしまう

人がいつも気になるのは他人の活躍だったり、充実してそうな生活であったりします。SNSでは友達の活躍がリアルタイムで洪水のごとく流れて、自分をのみ込んでいきます。そんな時に、他人と比較してしまい、自分はなんてダメなんだと考えたりしてしまうと、思考停止してしまいます。

多くの人が、能力至上主義者に陥っており、能力を過大評価しすぎているのではないかと思います。仕事ができる人と要領悪い人、スポーツが得意な人とそうでない人、勉強の成績がいい人とそうでない人、コミュニケーションがうまくできる人とそうでない人…。

「できる」と「できない」で他人の評価や自分の評価を測ってしまいがちです。常に他人と比較して能力を気にしていたら、

最初は能力がないからこそ、自分の可能性を信じる必要がある

この世に生まれてから、誰しもはじめは、なにひとつ能力を持っていません。生きていくなかで、才能や環境に恵まれた人もいればそうでない人もいます。一人一人が違う能力を持っていて、誰一人として同じ人間はいないのです。

そんな中、この世界には他人の可能性を奪おうとする、能力至上主義者がたくさんいます。彼らは自分が努力してきたという自負を持ち、能力の劣るとみなした人間をないがしろにします。声には出さないが暗に軽視するような人もいます。

能力ではなく、可能性をみんなが信じることができれば、素晴らしい世界になると思います。僕は年齢関係なく、常に挑戦していくことで、自分の可能性を信じたいと思いますし、僕の周りにいる人にも、可能性を大事にして生きて欲しいです。

さいごに

能力ではなく、自分の可能性を信じることの大切さについての話をしました。

人は、何かできなかったことができるようになった時に喜びを感じるものです。例えそれが、端から見れば些細なことであっても、当人にとっては大きな成長なのです。

すこしでも可能性を信じることができる人が増えたらいいなと思います。

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