どん底から這い上がった経験が、人を強くする。「スーパーサイヤ人理論」

辛いことや挫折を経験することは、誰にだってある。

時には、どん底とも思えるような、再び這い上がってくることが難しいと思えるような状況におちいってしまうときもあるかもしれません。

僕も、思い返すとこれは超しんどかったという大きな挫折を数回しています。その都度、なんとか人の手も借りながら、これまで生きてきました。

苦しい時はほんとうに辛いですが、どん底から這い上がり、過去の思い出として語ることができるようになると、その経験のおかげて自分が心身ともに強くなったり、より広い視点からものごとを見れるようになったりするように感じます。

何が言いたいかというと、辛い経験も無駄ではないということです。 続きを読む

毎日が忙しくて、時間がないのはなぜか。

ドイツの児童文学作家、ミヒャエル・エンデ(Michael Ende)の名著、『モモ』。

なんでもっと早くを読まなかったんだろうと思うほど、『モモ』はメッセージ性に富んだ素晴らしいもの語りでした。

概要を簡単に伝えよう思ったのですが、本書の翻訳者があとがきに書いた文章が、すごくわかりやすい。 続きを読む

晴れた道の、ど真ん中を歩く。

NHKのプロフェッショナル仕事の流儀をふとテレビで見ていた時に、ブランドのコンセプトデザインなどをしている柴田陽子さんが出ていました。

参考:柴田陽子事務所

どんな文脈かは忘れてしまいましたが、彼女は「晴れた道のど真ん中を歩くように生きる」というようなことを言っていました。

「こんな風に生きたい」という自分の信念のようなものを、伝えるにはすごくニュアンスとしてわかりやすい言葉だと思いました。

晴れた道の、ど真ん中を歩く

晴れた道の、ど真ん中を歩くような生き方って、個人的には以下のようなイメージを持っています。

・ズルしたり、奇をてらったやり方ではなく、正面から、正々堂々と取り組んでいく

・目の前にあるものに対して、一生懸命素直に取り組む

・あいさつをしっかりする

・人をだまさない

・人にできるかぎり、親切にする

・人任せにしない

・イライラして人にあたらない

・人にストレスや不満をぶつけない

・誠実である

出そうと思えば、いくらでも出てきそうにも思えます。

正直、晴れた道の、ど真ん中を歩き続けるのは結構むずかしいと思います。

不平不満や文句を言ってり、ズルをして楽ばかりしようとすることは簡単にできるから。もちろん、時にはわき道にそれることもあるでしょう。

でも、どんなにブレて道を外れそうになったとしても、また晴れた道のど真ん中に戻り、再び歩きはじめるような生きかたができればいいし、そうでありたいと思います。

快適な生活を送ってるのは、スライムばっかり倒してるから。「ドラクエ人生論」

アメリカのシリコンバレーで、Drivemodeという会社をしている古賀洋吉さん。個人的に尊敬しており、あこがれの対象になるような人です。

最近更新はありませんが、古賀さんのブログはときどき読み返すくらいに好きなのですが、その中のひとつ、「ドラクエ人生論」は読むたびに「そうだよな〜」とうなずいてしまいます。

最近読み返して特に刺さったのが、「快適な生活を送ってるのは、スライムばっかり倒してるからだろ。」です。 続きを読む

人生の価値とは、その人が生まれた世界と生まれなかった世界の差なのだろう。

人生の価値とは、その人が生まれた世界と生まれなかった世界の差なのだろう。

アメリカのシリコンバレーにて、Drivemodeという会社を経営している古賀洋吉さんのブログを読んでいたときに上記の言葉に出会いました。

参照:君が生きていたということ

あたりまえのこといってるんじゃないかと思うかもしれませんが、よくよく考えてみると、ひとりの人がこの世に生まれたことによって及ぼす影響って、思っている以上にあると思います。 続きを読む

起業まで就職して修行するのであれば、どんな能力を身につければいいかをきちんと計画することが大切。

将来起業するためにいったん就職するという話は、よく聞きます。

起業するノウハウも技術もないから、まずは雇われる形で会社で働くというのは、非常に合理的な判断です。

ただ、そうやって起業するまで修行するという形を取るのであれば、しっかりといつまでに、どのような能力を身につければいいのか等、しっかりと計画しておく必要があると思います。 続きを読む

過去に経験した痛みを未来に活すことで、その痛みが人生にとってかけがえのないものになる。安田祐輔さん著『暗闇でも走る』

何度でもやり直すことのできる社会をつくる。

ひきこもりや不登校など、なにかしらの課題を抱えた人々を主な対象に学習支援を行なっている個別指導塾「キズキ共育塾」を経営する安田祐輔さんは自身の著書、『暗闇でも走る』のなかで、こう語ります。

本書を読んで、共感した事、印象に残ったことはたくさんあります。 続きを読む

「ひとりで過ごす時間」を大切にできているかが大事という話。

糸井重里さんが毎日書く「今日のダーリン」

僕は、空き時間などによく読むのですが、4月27日の文章もすごくよかったです。

引用:1101.com

・「ひとりでいる時間の顔が想像できる人」がいる。
そうでない人もいる、ということになるが…。

周囲にだれもいないところでは、じぶんが裸で出てくる。
いつも陽気な人の表情にも憂いが見えるかもしれない。
人間関係に気をつかって遠慮している必要もないから、
重い部分や暗いところも出てきておかしくない。
あんがい獰猛なまでの好奇心だってあるかもしれない。
ひとりで感じ、ひとりで思い、ひとりで考える。
この時間を持っているかどうかが、とても大事だ。
ふだん、どんなに浮ついて見える人でも、
「ひとりでいる時間」の顔が想像できる人なら、
ぼくは、信じてつきあいたいと思っている。
善悪とか、損得とか、趣味がどうのとか関係ない。
「ひとりの時間」のあるなしは、なにより大事だと思う。

というようなことを、ぼくは前々から思っていたが、
「ひとりで考える時間」というものが、
創造的な仕事をするときにとても重要だということを、
創造技術者(と名付けた)の濱口秀司さんに教わった。
「三人寄れば文殊の知恵」なんてことを言うけれど、
三人で寄る前に、それぞれのひとりが考えてなかったら、
ほんとうに芯のある答えにたどりつかないというわけだ。

「ほぼ日」で、これまでやってきてよかったことのなかに
「ミーティング」を大事にするということがある。
会って集まって他の人の声を重ねていくことは、
小さな社会にじぶんの考えをさらすということでもある。
これはとてもいいことなのだけれど、その前の、
「じぶんの頭をぐるぐる動かした」時間がないと、
あんがい、ただの意見の調整のようになりかねないのだ。

この4月から「ほぼ日」では新しい金曜日を設定した。
この曜日を、じぶんひとりの頭で考えるための日にする。
街に出ようが映画に行こうが、席にはりついてようが
じぶんで選んだやり方でかまわない。
とにかく、「ひとりの時間」に、ひとりで考えるのだ。
このクセをつけることを会社としてやってみる。
もしかしたら、かえって厳しい金曜日、とも言えるかな?

ひとりで感じ、ひとりで思い、ひとりで考える。

最近の、「ひとりで過ごす時間」を省みて、もっともっと頭を使わないといけないと感じました。

糸井さんは、毎日こうやって「今日のダーリン」にひとりで考えたことを発信しつづけているのだから、もうスーパーマンみたいです。

小さな準備を毎日続けていれば、きっと目指している場所へいける。

自分がこうありたいと思う理想の姿だったり、達成したい目標のようなものを誰しも持っていると思います。

ただ、あたりまえのことですが、理想や目標をもっているだけでは、絶対にその目指している場所へいくことはできません。

そんなことは重々承知ですが、日々、何かと「忙しい」生活を送っていると、目の前のことで精一杯になります。自分のための時間をつくるって、結構むずかしいです。

むずかしくて大変だけれど、毎日小さな準備を淡々とする。それさえできていれば、きっと目指している場所にたどり着くことができるのではないでしょうか。
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教えすぎないことの大切さ。自分の頭で考えることで、人は大きく成長する。

人は、年齢をかさね、経験をつんでいくと、だんだんと何かを教わる立場から、教える立場になることが多くなります。

最近、聞いてなるほど!と思ったことが、教える立場の人が、ものごとを教えすぎない方が良い場合があるということです。

仕事で考えてみると、上司は部下に物事を教えすぎないほうが、結果的に部下のためになるというようなことです。

何かを教える立場になると、懇切丁寧に教えたくなりますが、そこをあえて我慢するのも大事というのが、今回の話です。 続きを読む