ほぼ日の糸井重里さんから学ぶ、毎日文章を書き続けるということ。

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株式会社ほぼ日の糸井重里さんは、「今日のダーリン」という文章を1999年6月6日の創刊から、毎日、一日も休まずに書き続けています。

そんな「今日のダーリン」は、「毎日、更新されて、毎日、消えていくコンテンツ」なので、基本的にはアーカイブは残っていません。

参照:糸井重里が書く日替わりエッセイ、「今日のダーリン」のバックナンバーについて。

読者の心のすっと入ってきて、何かしらの気づきを与えてくれる言葉が、消えていくコンテンツとしてあるというのは、そのときどきの言葉を大切にしようと思わせてくれます。

ただ、アーカイブが残らないがゆえに、なんども読み返したい文章があったら、自分で何かしらの形で残しておかないといけません。

2017年5月3日の文章もそんな読み返したい文章だったので、時々読み返せるようにこのブログに残りておきたいと思います。

この日の文章は、「続けること」についてとても考えさせられるものでした。

19年近く毎日書き続けている「今日のダーリン」

2017年5月の一ヶ月間、休みをとっているそうです。それでも、これまでずっと書き続けてきた今日のダーリン」を更新し続けています。以下、2017年5月3日の今日のダーリンからの引用です。

・この、毎夜30分から4時間くらいかけて書く
『今日のダーリン』という短文をやめたら、
ぼくの生活はどんなふうに変化するのだろうと思った。

30分でなんとかしてしまえ、という場合もあるが、
あの震災の直後は、考えたり書きかけたりしながら、
いくらでも時間が過ぎていくという経験をした。

ともだちと夜中まで話していたりしても、
そのまま帰って寝るということはなく、
27文字40行のへたくそな文章をなんとかしてから寝る。
夜中にテレビ画面で映画なんか観たり、
おもしろい本に夢中になったりしても、
そのあとに、なにかを書かないといけない。
そういうことを19年近く続けている。

こういうふうに書くとつらそうに思われるかもしれない。
だけど、習慣というものはおそろしいもんでね、
できるとわかっていることをやるのは、
そんなにつらいものじゃないんだよね。
いっしょにしちゃ失礼だとも思うけれど、
矢野顕子がピアノの練習するのだって、
つらいといえばつらいかもしれないけれど、
実際にやれてるんだから、そうでもない
とも言えるんじゃないかな。
習慣になるというのは、助かるよねぇ。

それでもさ、『今日のダーリン』を書かずに、
「このまま今日一日を終りにできる」のだとしたら、
酔っぱらったようなうれしい気持ちになるだろうね。
「いいの?」って、にやにやが止まらないだろうな。
そして、それは、実は、
毎日そうすることができるはずだった。
そして、さらに、この5月は、
そういうことをすると決めて迎えたのだ。
なのに、こうして27文字を、いま36行書いている。
あと、こんなふうに4行を埋めていけば、
まるで昨日までと同じような『今日のダーリン』だ。
なにかを変えるということは、
ことほどさようにむつかしいものである。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
明日こそ、なにかあるかもしれないし、ないかもしれない。

何かを続けた先にあるもの

毎日文章を書くことを、19年近く続けているというから、言葉の説得力が違います。

「できるとわかっていることをやるのは、そんなにつらいものじゃないんだよね。」という言葉が特に印象的で、何かを毎日継続していると、やる気さえあれば「それ」が絶対できるという自信が生まれてくるのだと思います。

そして、その自信が習慣を生むのではないでしょうか。習慣は、人を形づくる根っこのようなもので、日々の習慣こそが人を大きく成長させるものだと思います。

また、習慣として続けていることは、ちょっとやそっとのことじゃやめることができない「呪い」のようなものなのではないかとも感じました。

19年毎日書き続けている文章を、いきなりやめるなんて、続けるよりも精神的なダメージが大きいですよね。やめるより、続ける方が楽という域に、糸井さんはたどり着いているのでしょう。

最後に

毎日何かを継続するということは、スキル的な問題もあるかと思いますが、一番は大事なのは続けようとするメンタル的なところです。

そして、続けることが習慣になったら、その習慣は簡単には崩れないと思います。

習慣こそが人を形づくるということを、僕自身肝に命じながら、毎日コツコツと前に進んでいきたいです。

それではまた〜!

関連記事:好きなことを続けると、それが得意なことになる。

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