SNSで「いいね!」に「いいね!」する時代に、他人の欲望との付き合い方を考えることの大切さ。

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批評家であり哲学者の東浩紀さんは、著書『ゲンロン0』のなかで、いま僕たちが生きている時代は、他人の欲望を欲望する時代であると言います。

以下、『ゲンロン0』からの引用です。

オタク文化にかぎらず、現代社会においては、ある作品が、それ自体の価値だけで評価され流通することはほとんどない。あらゆる作品は、「ほかの消費者がその作品をどう評価するか」、そして「自分がこの作品に評価を与えたとして、ほかの消費者は自分のその評価についてどう考えるか」といった、「他者の目線」を内包したかたちで消費されることになる。

それは理論的には、かつてケインズが「美人投票」の例で語り、ルネ・ジラールが「欲望の三角形」という言葉で語り、社会システム論が「二重の偶有性」と命名した現象である。かりにそれらの言葉を知らなくても、フェイスブックの「いいね!」機能を思い浮かべれば、その本質はたやすく理解することができる。ひとは、気に入った投稿を素朴に「いいね!」するわけではない。むしろ「いいね!」をつけると他人からの評価が上がるものに対してこそ、積極的に「いいね!」をつけていく。そのため、ネットワーク全体で見ると、政治のような、ひとにより賛否が分かれる厄介な話題は避けられ、猫画像や料理画像のような「無害」なコンテンツにどんどん「いいね!」が集まっていくことになる。ぼくたちはいま、「他人の欲望を欲望する」(他人のいいね!にいいね!する)メカニズムが、かつてなく猛威を振るう世界に生きているのである。

「「いいね!」をつけると他人から評価が上がるものに対してこそ、積極的に「いいね!」をつけていく。」というのに、非常に共感するものがありました。

「他人の欲望を欲望すること」は、本来人間が備えているものであり、昔からその性質は変わらないものだと思います。

現代は、インターネットで世界中の人々とリアルタイムでつながることができ、他人の欲望が可視化され、フェイスブックやツイッターなどのSNSには、毎日他人の「いいね!」があふれます。

そうするとどうしても、他人の「いいね!」に敏感になり、良くも悪くも常に他者から影響を受けるのでしょう。

他人の欲望にとらわれすぎると、自分自身を見失いかねません。「他人の欲望との付き合い方」を一人ひとりがちゃんと考えないといけないのかもしれません。

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