岩波文庫から出版されている『カフカ短編集』のなかに「掟の門」(おきてのもん)という作品が収録されています。
非常に人生における示唆に富んだ作品で、考えさせられました。
3分ちょっとで読めるのでぜひ、読んでみてください。
『掟の門』
掟(おきて)の門に門番が立っていた。そこへ田舎から一人の男がやって来て、入れてくれ、と言った。今はだめだ、と門番は言った。男は思案した。今はだめだとしても、あとでならいいのが、とたずねた。
「たぶんな。とにかく今はだめだ」と門番は答えた。
掟の門はいつもどおり開いたままだった。門番が脇へよったので男は中をのぞきこんだ。これをみて門番は笑った。
「そんなに入りたいのなら、おれにかまわず入るがいい。しかし、言っとくが、おれはこのとおりの力持ちだ。それでもほんの下っぱで、中に入ると部屋ごとに一人ずつ、順ぐりにすごいのがいる。このおれにしても三番目の番人をみただけで、すくみあがってしまうほどだ」
こんな厄介だとは思わなかった。掟の門は誰にもひらかれているはずだと男は思った。しかし、毛皮のマントを身につけた門番の、その大きな尖り鼻と、ひょろひょろはえた黒くて長い蒙古髭(もうこひげ)をみていると、おとなしく待っている方がよさそうだった。門番が小さな腰掛けを貸してくれた。門の脇にすわっていてもいいという。男は腰を下ろして待ちつづけた。何年も待ちつづけた。その間、許しを得るためにあれこれ手をつくした。くどくど懇願して門番にうるさがられた。ときたまのことだが、門番が訊いてくれた。故郷のことやほかのことをたずねてくれた。とはいえ、お偉方がするような気のないやつで、おしまいにはいつも、まだだめだ、と言うのだった。
たずさえてきたいろいろな品を、男は門番につぎつぎと贈り物にした。そのつど、門番は平然に受け取って、こう言った。
「おまえの気がすむようにもらっておく。何かしのこしたことがあるなどと思わないようにだな。しかし、それだけのことだ」
永い歳月のあいだ、男はずっとこの門番を眺めてきた。ほかの番人のことは忘れてしまった。ひとりこの門番が掟の門の立ち入りを阻んでいると思えてならない。彼は身の不運を嘆いた。はじめの数年は、はげしく声を荒らげて、のちにはぶつぶつとひとりごとのように呟きながら。
そのうち、子どもっぽくなった。永らく門番をみつめてきたので、毛皮の襟にとまったノミにもすぐ気がつく。するとノミにまで、おねがいだ、この人の気持をどうにかしてくれ、などとたのんだりした。そのうちに視力が弱ってきた。あたりが暗くなったのか、それとも目のせいなのかわからない。いまや暗闇のなかに燦然(さんぜん)と、掟の戸口を通してきらめくものがみえる。いのちが尽きかけていた。死のまぎわに、これまでのあらゆることが凝結して一つの問いとなった。これまでついぞ口にしたことのない問いだった。からだの硬直がはじまっていた。もう起き上がれない。すっかりちじんでしまった男の上に、大男の門番がかがみこんだ。
「欲の深いやつだ」と門番は言った。「まだ何が知りたいのだ」
「誰もが掟を求めているというのに」と男は言った。「この永い年月のあいだ、どうして私以外の誰ひとり、中に入れてくれといって来なかったのです?」
いのちの火が消えかけていた。うすれいく意識を呼びもどすかのように門番がどなった。
「ほかの誰ひとり、ここには入れない。この門は、おまえひとりのためのものだった。さあ、もうおれは行く。ここを閉めるぞ」
自分だけの人生をどのように生きていくか
解釈は人それぞれ違うと思いますが、僕はこう解釈しました。
門番というのは、自分自身だったのじゃないかなと思います。いつでも、門は開いてるけど、男は挑戦して突破していく勇気がなく、ずるずると待っているだけで人生を過ごしてします。その間、文句をたれながら、どうしても門を突破することができない。
しかし皮肉なことにこの門を通れなくしていたのは、自分自身なのです。門番なんて自分が勝手に作った幻想なのです。
結局、挑戦しないまま、自分の死期が迫ってくる….。
死に際に、男はこう門番に問いかけます。
「この永い年月のあいだ、どうして私以外の誰ひとり、中に入れてくれといって来なかったのです?」
そして門番は答えます。
「ほかの誰ひとり、ここには入れない。この門は、おまえひとりのためのものだった。さあ、もうおれは行く。ここを閉めるぞ」
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