お祭りが維持されている地域は、消えない。

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昔から伝わる祭りが維持されていれば、その地域社会は消えていかないと、哲学者の内山節さんは『ローカリズム原論』の中で語っています。

今回は、祭りと地域社会についてです。

祭りや行事は自治の仕組みのなかに組み込まれていた

昔から、祭りはその土地の自治と切っても切り離せない関係にあった。そして、神事という性格はないものの、祭りをきっかけに地域社会をつくろうとする動きがはじまってくると内山さんは言っています。以下、『ローカリズム原論』からの引用です。

もともと日本の共同体では、祭りだけでなく、一年に何十という年中行事がおこなわれていました。現在では大半は無くなっていて大きな祭りや行事だけが残っていますが、昔の人に聞いてみると上野村でもひと月に多いときは5回くらい、少ないときでも二回くらいは行事があったそうです。お盆になれば先祖が帰ってくるお迎えをし、送り火のときは村の中心で火上げ(大文字焼きのようなもの)を行う。そういうことを繰り返しながら、自分たちは死者たちと結ばれ、死者もまた私たちと結び合いながらこの社会を作っている、ということをたえず確認していく。そういう意識をもちながら、自分たちの社会を形成してきたのです。ですから祭りはイベントではなく、自分たちの生きる世界を再確認することによって自治とは何をおさめることなのかをとらえてきた。つまり祭りや行事は自治の仕組みのなかに組み込まれた方法として考えたほうがよいと思っています。
 今日の地域社会をみていると、祭りが維持されている地域社会はまだ何とかなる。祭りがなくなると「もうこの地域は終わりかな」と思われることがあります。逆に都市部では、伝統的な社会と切り離されたところで暮らしている人たちがたくさんいるなかで、その社会が地域社会化されてくる「きっかけ」として祭りがおこなわれることがよくあります。それらの祭りには神事という性格はないのですが、祭りをきっかけに地域社会をつくろうとする動きがはじまってくる。私たちのなかでは確実に伝統的な発想がどこかで生きているのです。人間の基層的精神が不思議と受け継がれている。なぜそれが受け継がれているかよくわからないのですが、受け入れている何かがあるということです。

確かに、日本各地に祭りがありますが、それを運営する担い手が不足しているという話はよく聞きます。地域を離れて仕事をしている人を祭りの時に呼び寄せたり、地域とは関係な友人やボランティアなどを募って、何とか運営できているという状況もよくあるのです。

地域に受け継がれる祭りが運営できないと、確かにその地域の存続は危ぶまれます。

祭りをきっかけに地域社会をつくろうとする動き

上記に引用した文の中には、「神事という性格はないが、社会が地域社会化されてくる「きっかけ」として祭りがおこなわれることがよくある」という記述があります。

確かに、僕の住んでいる地域でも、地域の結束力を高めるために、新たな「祭り」が生み出されています。

祭りの運営側、そして運営に関わらなくとも祭りに参加することで、地域との繋がる機会が増える。そしてそれが、地域社会のためになるということがはっきりと人々の中で認識されているのでしょう。

最後に

地域にある祭りが果たしている役割について、深く考えてみると色々な発見があるでしょう。

個人的には、色々な祭りの起源や昔は行われていた年中行事について、詳しく知りたいと思います。

それではまた!

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