不安感に苛まれながら悩んで苦しんだ時期が、納得感のある生き方を生む。『悩みどころと逃げどころ』

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鋭い視点を持ち、社会をわかりやすく紐解いているブログ「Chikirinの日記」を運営しているちきりんさんと、日本人初のプロゲーマーで、世界中の格闘ゲームファンから支持されている梅原大吾さんの対談本である『悩みどころと逃げどころ』を読みました。

まったく生い立ちの違う二人の対談ですが、お二人とも本質的に物事を見る目を持っているので、たとえ意見が違ってもそこから対話を通じて内容が深まっていきます。

今回、特に印象に残った対談箇所を、2つ挙げてみました。

自分の器をあがいて知る

ちきりん ウメハラさんは迂用曲折あったけど、最終的には成功してますよね?もし成功できてなかったら、もしくは今でもプロゲーマーという道が存在しなかったら、それでもゲームを選んだことを「いい人生だった」と言える?

ウメハラ 言えますよ、今、僕が「おまえ、いい人生送ってるじゃん」と自分自身に向かって言えるのは、もちろん成功したという結果もあるけど、「ココこそが自分の道だ」という納得感があるからなんです。その納得感はたとえ敗北してても、もしくは今みたいに認められてなくても、得られていると思います。 なぜかと言うと、とことんまで頑張って、あがいてあがいてあがき尽くして、自分の器というか”分”みたいなもの、役割とか居場所みたいなものがわかってくるから、

ちきりん どういうこと?

ウメハラ とことんあがくと、自分という人間がだんだん見えてきて、これ以上は高望みなんだとか、自分はもうここより上に行けないんだなっていう、位置づけが見えてくるんです。もともと運命的に与えられている「自分はこれぐらいの人間なんだ」っていう器の大きさがわかってくるんですよ。

ちきりん その「これくらいの人間なんだ」っていう気持ちに対する納得感が高いことが「いい人生だ」と感じられる理由になっているのね?

~~~~~~~~~

ウメハラ 今、僕が「いい人生」だと思えているのは、何年も罪悪感や不安感に苛まれながら、悩んで葛藤して苦しんだ時期があるからこそなんです。そのプロセスを通じて確固たる”納得感”が得られたから、今の生き方に満足できているんです。

自分の器をあがいて知るということは、僕自身の経験も踏まえて、非常に重要なことだと思います。不安感に苛まれながらもがいているその時は、本当に苦しいですが、振り返ってみるとそれが今につながっていると感じることが人生には往々にしてあります。

サッカーの本田圭佑選手も、自分が苦しく不遇の時期だからこそ、正面衝突していく重要性を説いています。

参照:人生において深い谷を経験した人間だけに、高い山が登れる。本田圭佑選手から学ぶ。

とことんもがいて、試行錯誤した結果として、ウメハラさんがいう「納得感のあるいい人生」が送れるのかもしれません。

はじめからベストを見つけようとしない

ちきりん  ウメハラさんみたいに、「天から与えられた唯一無二の何か」がない普通の人でも、あがけばそういうものを見つけることはできるのかな?

ウメハラ そういう人でも何かにとことん打ち込んでみれば、それが「唯一無二のもの」に変わることはあると思いますよ。僕、マージャンのプロを目指していた時、技術的には長くマージャンをやっていた人をすぐ追い抜いてすっとうまくなったんです。 ところがマージャンは自分にとって、“わりと好き”とか“まあまあ好き”でしかないってことも同時にわかってきました。格闘ゲームとはぜんぜん違う。で、それがわかった時、これは大きなチャレンジだなと思ったんです。マージャンに対する気持ちを、いかにゲームが好きというレベルにまで高めれるか、というチャレンジ。

ちきりん うまくなるチャレンジじゃなくて、好きになるチャレンジってこと!?それってチャレンジできるようなことなの?

ウメハラ それが不思議なことに、一日中マージャンのことを考えていたら、自分の中でもマージャンがどんどん特別なものになっていったんです。最後までゲームは越えられなかったけど、でも、もし僕に格闘ゲームという「唯一無二のもの」がなければ、マージャンは「オレの人生はコレだ」の対象物になってたんじゃないかと。

ちきりん つまり天から「コレだ!」を与えられてない人にとっても、一定以上やり込め場それが「コレだ!」と思えるものになるってこと?

ウメハラ そう思います。1年なのか3年なのか、とにかく頑張って打ち込めば「コレだ!」感が出てくるし、出てこなければ、それはやっぱり違う分野なんだと理解できる。 僕は3年マージャンに打ち込んでみて、そしたらある程度、特別なものになっていった。結局ゲームを超えられなかったけど、そうやって結論を出すプロセスが大事なんです。

ちきりん そういうふうに時間をかけて打ち込むことで、生まれつきの「コレだ!」を持たない人でも、それに代わるモノを手に入れられるってことか…。ただ、その3年間が怖いって人も多そう。

ウメハラ 怖い?

ちきりん 3年もやってみてダメだったら、その期間が無駄になると思うんです。それをリスクだと感じる。私もウメハラさんがいうように、そうやって自分がやりたいことを探すプロセスはけっして無駄ではないと思います。でも、3年間やってみて結局その分野じゃなかったなら、それは無駄な3年間だと考える人も多い。

ウメハラ それがもしかして、

ちきりん そう、学校的価値観。

はじめからベストを見つけようとしないで、とりあえずやってみるということも、非常に共感したポイントでした。

例えば、自分にとっての理想の仕事を探している人はたくさんいるでしょう。ただ、自分に合った仕事かどうかは、どんなに事前にリサーチしたとしても、実際にやってみないとわからない。就業経験がない学生も同様です。

あらかじめ自分のキャリアや目標を設定して、そこにむかってまっすぐ進んでいくのは、難しいことなのでしょう。まずピンときた仕事をやってみて、仕事をしながら気付いたり学んだりしているうちに、自分らしい仕事がわかってくるのだと思います。

最後に

ウメハラさんとちきりんさんの対談の中で出た、「自分の器をあがいて知る」ことと、「はじめからベストを見つけようとしない」ことについて、紹介しました。

お二人の対談は、非常に示唆に富んだものばかりだったので、興味がある方はぜひ一度読んでみてださい。

それではまた!

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