誰からも必要とされてない感が人を苦しめる。自分の価値は自分で決めるという姿勢が大事。

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人間は「他人から必要とされたい欲求」というものを誰しも多かれ少なかれ持っています。

誰からも必要とされていないと感じる時に、自己嫌悪になり、自分を責めてしまいがちになるでしょう。

今回はこの「誰にも必要とされていない感」についての話をしようと思います。

他人から必要とされてないと感じるのは、自分が充足感を得られる居場所にいられていないのかもしれない

「幸せ」は定義することはできませんが、「充足感を得られる居場所」にいるという感覚が、人が幸せと感じるひとつの基準としてあげられます。必要とされないと感じるのは、そう感じる空間が自分にとって、 充足感を得られる居場所ではないということなのだと思います。

「必要とされていないと感じ」は、基本的には自分と相手(広くみれば、社会)という関係性から生まれる感情でしょう。嫌味ったらしい上司であったり、子供の考えをまったく理解してくれない親。また、自分の考えや思いが認められない社会。もしかすると、自分に能力がないと落ち込み、居場所がないと感じている人も多くいるのではないでしょうか。

どうすれば、誰からも必要とされない感を感じないで生きていくことができるのか。

自分の居場所を増やしていく。つらいのであれば、潔く逃げる。

自分が充足感を得られる居場所にいられていないのであれば、まず、そこをどうやって自分が居心地の良い場所にするかということが考えられます。

僕が学生の頃に新しくアルバイトを始めたときは、馴れないことばかりでミスが続き、しんどくてそこに居場所を感じられないという時期がありました。ただ、続けていくことで次第に仕事を覚えていき、そこに自分の居場所を感じられるようになったことがあります。

そういった意味では、現状、居場所を感じられていなくても、続けていけば、そこに居場所を見出していける場合も多くあるでしょう。

また、充足感を得られる居場所がないのであれば、増やしていくということも考えられます。動物と触れ合っているときが、自分の居場所と感じる人もいますし、自然のなかでただ座っているその場所に、居場所を感じる人もいます。

興味ありそうなことに手を出してみるということが、自分の居場所を増すためには大事なことですし、自分と興味が合う人と交流することで、居場所を作り出すということでもいいと思います。

ただ、一番問題なのが、いまがすごくつらく、半ば自暴自棄になってしまっているような状態にいる人たちです。その場所で、続けていくという気力も失ってしまっているような状態の人です。

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そんなとき、周囲にアドバイスを求めても、もう少し続けてみたらという人がいるかもしれません。でも、続けるのは自分です。頑張れそうにないのであれば、必要とされてない場所からは、潔く逃げるべきだと思います。僕は、逃げが悪いことだとはまったく思いません。逃げて、逃げて、逃げまくって、自分の納得する居場所をつくっていけばいいのですから。

2016年に、電通働いていた新卒の女性が自殺したのが問題となりました。過労も要因の一つでしたが、なによりも彼女が職場に居場所を感じられなかったのが大きな要因ではないでしょうか。パワハラ上司には、仕事で詰められ、苦しんでいたのでしょう。仕事場というのは、日常の大きなウエイトを占める場所です。職場にしっかりとした居場所をつくってくれる上司や、仲間がいたら変わってたのかもしれません。

すべてにおいて、自分の責任なんて一割もない

菊池良さんが書いた記事に、すごく共感したので引用します。

「自分が悪いことなんて一割もない」と思って生きている。なぜなら自分が選べることなんてごくわずかだからだ。

親は選べない。
経済状況は選べない。
持病は選べない。
クラスメートは選べない。
隣人は選べない。
同僚は選べない。
上司は選べない。
時代は選べない。

今いる環境を変えるより、今いる環境から移った方が早い。

引用:すべてにおいて、自分の責任なんて一割もない。

たしかに、自分の生きる世界は、自分の選択とはほとんど関係のない偶然で出来ています。自分が「選択」をしたのはほんのわずかです。むしろ、すでに選択された環境の中で選択しているのだと思います。

そう考えると、自分の責任なんてほんとに一割以下もないのかもしれません。現状に不満があるのであれば、さっさとその場所からは逃げて、自分がイキイキと過ごせる居場所を探しつづけるべきなのだと思います。

逃げることは、悪いことではありません。
参照:逃げるのは卑怯じゃない

他人に必要とされなくても、自分が自分を必要とする

人は「他人から必要とされたい」という欲求をもっています。他人から必要とされるからこそ、自分を認める(肯定する)ことができるのだと思います。そのため、他人に必要とされない状況で、自分が自分を肯定することは、なかなか難しいことでしょう。

ただ、だからこそ、自分の価値は自分で決めるという姿勢をそれぞれが持っていることが大事なのではないでしょうか。

他人の評価はあくまでも他人からの評価であり、自分が自分を必要とする気持ちがとても大事なのです。「自分なんてどうにでもなっちゃえ」などと自分自身を捨ててしまったら、ただ苦しいだけです。

最後に

アリストテレスは「人間は社会的動物である」といっています。人は、一人では生きていけず、必ず何らかのコミュニティーや居場所に属さないと生きてはいけないのです。居場所があるということは、自分の身の安全を守ることである、心の落ち着きを得ることにつながります。

では、居場所をどう作るか。

僕が思うに、自分の「好き」に正直に生きていけば、自分が心地よいと思える居場所を創造していくことができるのではないでしょうか。そのためには、他人の基準ではなく、常に自分自身で物事を考えるくせをつける必要があります。

自分の好きに素直になって、一つでも多くの居場所をそれぞれが持てるようになれば、よりよく生きていけるのではと思います。

そして、自分を信じること。
これまでがこれからを決めるのではなく、これからがこれまでを決めるのだと思います。

それではまた〜!

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