経済学者の宇沢弘文が語った、ゆたかな社会とは?

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日本の経済学者であった宇沢弘文さん(1928-2014年)の著書『経済学と人間の心』の中で、ゆたかな社会とはどんなものなのかについて語っています。

今回は、彼の言葉を引用しながら、ゆたかな社会について考えてみようと思います。

ゆたかな社会とは

著名な経済学者が考えるゆたかな社会とは、どのようなものだったのでしょうか。以下、『経済学と人間の心』からの引用です。

ゆたかな社会とは、すべての人々が、その先天的、後天的資質と能力を充分に生かし、それぞれのもっている夢とアスピレーション(熱意、抱負)が最大限に実現できるような仕事にたずさわり、その私的、社会的貢献に相応しい所得を得て、幸福で、安定的な家庭を営み、できるだけ多様な社会的接触をもち、文化的水準の高い一生を送ることができるような社会である。このような社会は、つぎの基本的諸条件をみたしていなければならない。

(1)美しい、ゆたかな自然環境が安定的、持続的に維持されている。

(2)快適で、清潔な生活を営むことができるような住居と生活的、文化的環境が用意されている。

(3)すべての子どもたちが、それぞれのもっている多様な資質と能力をできるだけ伸ばし、発展させ、調和のとれた社会的人間として成長しうる学校教育制度が用意されている。

(4)疫病、傷害にさいして、そのときどきにおける最高水準の医療サービスを受けることができる。

(5)様々な希少資源が、以上の目的を達成するためにもっとも効率的、かつ公平に配分されるような経済性、社会制度が整備されている。

ゆたかな社会は、繰り返しながら、一言で言ってしまえば、各人が、その多様な夢と願望にふさわしい職業につき、それぞれの私的、社会的貢献に相応しい所得を得て、幸福で、安定的な家庭を営み、安らかで、文化的水準の高い一生を送ることができるような社会を意味する。それはまた、すべての人々の人間的尊厳と魂の自立が守られ、市民の基本的権利が最大限に確保できるという、本来的な意味でのリベラリズムの理想が実現される社会である。

宇沢さんのいう、「ゆたかな社会」は間違いなく理想的なあり方だと思います。上記を踏まえた上で、はたしていまの日本の大多数の人々の暮らしは、どれだけ「ゆたかな社会」なのでしょうか。

ゆたかさの基準を自分で持つ

宇沢さんが考えるゆたかさが満たされていれば、大した不満を感じないで生きられるかもしれません。ただ、5つの基本的諸条件がありますが、それが完璧に満たされている社会はどこにもないのでしょう。いくつかの条件は、ある程度満たしていても、どこかに必ず欠点があります。

宇沢さんのように、「ゆたかさ」をある程度までは定義できるのでしょうが、ゆたかさを感じる基準は人それぞれ違います。

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一人ひとりが自分にとってのゆたかさの基準を持つことが、大切なのだと思います。

それではまた!

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