哲学なきものづくり。

家入一真さんが「哲学なき起業」というタイトルで、ブログを書いていました。

参照:哲学なき起業

哲学や思想、知性なき起業・企業は選ばれない時代になっていくと思います。ぼく自身が関わり支援するスタートアップもそうありたい。

知的・知性とは、常に傾聴し、謙虚に学ぶ気持ちを忘れない、ということだと思っています。人はすぐ「自分は何でも知っている」「自分の経験的にそれはうまくいかない」「自分の直感を信じろ」なんて、答え”らしきもの”をすぐに出してしまう。たかだか数十年しか生きてない人生の中でのわずかな成功体験に、再現性を求めてしまう生き物なのかも知れない。

知性とは、過去を悔やまず歴史に学び、明日を恐れず未来を想像しながらも、今をひたむきに生きる、ということなのかもね。

自分自身の信念や哲学を、どのように仕事と結びつけていくのかということが、個人的に今ホットなトピックなので、短い文章ながら家入さんの文章に共感を覚えました。 続きを読む

商品としての物ではなく、文化を売る。

人を強く惹きつけるのは、商品としての物ではなく、それが生み出される背景だったり、文化ではないでしょうか。

生み出していく商品にメッセージを込めることで、その商品の「価値」が何倍にもなるように思えます。

では、商品にどんなメッセージを込めるのか。

メッセージは、生み出す人の価値観や思想、そして商品をできていく過程などによって作り上げられていきます。そしてそれが、独自性をもっていると、共感する人が集まってきます。

いかに自分の哲学や思想、価値観を伝えていくか。一見すると、どうでもいいように思えることでも、それが今後、もっともっと大きな意味を持つようになってくるのではないかと思います。

抽象的な話になってしまいましたが、ふと考えたことを書きました。

今回はこのへんで〜。

ものづくりの作り手の顔は、オープンになっていた方がいい。

一昔前は、スーパーに野菜を買いに行っても、生産者の顔は見えませんでしたが、最近では「私が作っています」という言葉と共に顔写真が掲載されているのもよく目にします。

また車を走らせれば、道路脇に立っている広告の看板に、そのお店の責任者らしき人の顔がでかでかと載っていたりもします。

なぜ、わざわざ作り手だったり、仕事の担い手の顔を掲載するのか。

一番大きいのが、消費者に安心感を与えることができるからでしょう。また、なんとなく愛着をもってもらいやすくも思えます。

だれが作ったのかわからないものを買うよりも、作り手の顔が見えた方がいいですよね。 続きを読む

「自分たちがほしいものをつくる」が、ものづくりの原点だと思う。

ものづくりで生計を立てるのであれば、生み出したものを誰かに買ってもらわないといけません。

誰かに買ってもらえる可能性をできるだけ高めるためには、いわゆるマーケティングの手法を駆使して戦略を練ることもあるでしょう。

市場のニーズを分析して、それにできるだけ合致するような商品を作ることは、ものづくりにおいての基本中の基本なのでしょう。

ただ、僕が大事にしたいと考えているのが、「こんなものがウケそうだよね」というような市場のニーズありきのものづくりではなく、「こんなものがあったら絶対に買う」というように、自分たちがほんとうにほしいと思えるものを作る、ということにこだわるものづくりです。 続きを読む

信念や哲学を持ったものづくりでないと、それはただの量産品になる。

ものづくりといっても、さまざまなものづくりの形があります。

低価格で、大量にものをつくるのであれば、機械に頼ったものづくりになります。いわゆる量産品ですが、これがものづくり産業の大部分を占めています。

一方で、価格は高いし、数をつくれないものづくりもあります。それは、人の手作業が大半をしめるものづくりです。

価格と生産量で機械に勝てない、後者のものづくりの利点はなにか。それは以前にも書きましたが、非効率の価値がひとつあると考えています。

参照:人の手がかかるものづくりには非効率の価値があるから、その他の作業をできるだけ効率化するべき。

非効率だからこそ、ものづくりにかけるこだわりや想いを消費者に届けやすくなります。ただ、人の手がかかるものづくりだからといって、そこに信念や哲学がないと、ただの量産品と同じになってしまうと思うのです。 続きを読む

2018年5月に読んで、とってもよかった記事。

・「ジョイマンはどこに行った?」 ジョイマン「ここにいるよ」※ジョイマン高木 特別寄稿

お笑い芸人のジョイマン・高木晋哉さんが書いた文章。

世間から「ジョイマンは消えた」といわれ、「世界に必要のない芸人」と思うことも。そんな彼が『一発屋オールスターズ』に参加したことがきっかけに、「居場所」を見つける。

高木さんは、文中でこう語ります。

僕はここにいる。自分の足で立ち、ここにいる。これからもそうだ。場所がどこかは問題じゃない。自分の位置、そしてそこから見える景色は日々移り変わっていく。だからこそ、どこにいても「ここにいるよ」と自信を持って言える自分であることが大切だ。

人は、自分の「居場所」を探すものだし、いつも探しているように思います。でもその居場所をつくるのは、もしかしたら自分自身なのかもしれない。すごく素敵な文章でした。

快適な生活を送ってるのは、スライムばっかり倒してるから。「ドラクエ人生論」

アメリカのシリコンバレーで、Drivemodeという会社をしている古賀洋吉さん。個人的に尊敬しており、あこがれの対象になるような人です。

最近更新はありませんが、古賀さんのブログはときどき読み返すくらいに好きなのですが、その中のひとつ、「ドラクエ人生論」は読むたびに「そうだよな〜」とうなずいてしまいます。

最近読み返して特に刺さったのが、「快適な生活を送ってるのは、スライムばっかり倒してるからだろ。」です。 続きを読む

人生の価値とは、その人が生まれた世界と生まれなかった世界の差なのだろう。

人生の価値とは、その人が生まれた世界と生まれなかった世界の差なのだろう。

アメリカのシリコンバレーにて、Drivemodeという会社を経営している古賀洋吉さんのブログを読んでいたときに上記の言葉に出会いました。

参照:君が生きていたということ

あたりまえのこといってるんじゃないかと思うかもしれませんが、よくよく考えてみると、ひとりの人がこの世に生まれたことによって及ぼす影響って、思っている以上にあると思います。 続きを読む

起業まで就職して修行するのであれば、どんな能力を身につければいいかをきちんと計画することが大切。

将来起業するためにいったん就職するという話は、よく聞きます。

起業するノウハウも技術もないから、まずは雇われる形で会社で働くというのは、非常に合理的な判断です。

ただ、そうやって起業するまで修行するという形を取るのであれば、しっかりといつまでに、どのような能力を身につければいいのか等、しっかりと計画しておく必要があると思います。 続きを読む