とにかくものを作る、組織云々はそれからでも遅くはない。

本ブログではさまざまな「ものづくり」に関する話題や個人的にためになった考え方などを紹介しています。

今回は、けんすうさんがツイッターでつぶやいていたことが、非常に参考になるものだったので取り挙げます。

組織を創ってプロダクトを創る、は結構レベルが高いので、

– プロダクトを創る
– それが流行る
– 組織をちゃんとする
– プロダクトが行き詰まる
– 組織力で課題を乗り越えていく

という流れがいいのかなーと最近考えているですね。

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好きな人たちと楽しく仕事する。

好きな人と楽しく仕事をしたい。

これは僕の理想であるのですが、好きな人と楽しく仕事をすることのむずかしさを日々感じています。

雇われサラリーマンとして組織の中で働いているのであれば、働く人を選べませんし、仕事を選ぶこともなかなかむずかしい。

この理想と現実の壁に向き合ってみると、やはり自分の理想的な仕事のあり方を追求するのであれば、みずからがトップに立って理想の仕事と環境をつくることが圧倒的に近道なのかなと思います。 続きを読む

どのような製品であれば自分たちは本当に誇りを持てるか?

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』のなかで、これからのマーケティングのあり方について、参考になる記述がありました。

これまでのマーケディングについては、以下のような記述があります。

ビジネスはこれまで、人々のニーズや好みや購買行動に応じて顧客を分類する技術では、かなりの水準にまで発展してきた。今後は、顧客セグメントごとに自社製品とブランドを注意深く配置して、それらの魅力を高めていくだろう。

成熟した大量消費の市場では、企業は次から次に新しいニーズをつくりだし、人々の心の内に隠れている不安や虚栄心を巧みに操ることも多い。「これを買えば、自信がみなぎるように感じますよ」「これを買えばあなたも人気者」「これを買えば成功します」といった具合だ。

市場のニーズを読み、分析。製品コンセプトを打ち出し、消費者のニーズを生み出す。上記のマーケディング手法は、大学のマーケディングの授業で学べるようなことです。 続きを読む

手間がかかることは、間違いなく「価値」になる。

「手間がかかる」という言葉は、高い確率でそれがマイナスのニュアンスを含むものとして使われています。

辞書で基本的な意味を調べてみると、「想定した以上に時間や工数を要したさま」「物事が短い期間では完成しないさま」「何かと世話する必要があり煩雑なさま」などと説明されています。

いずれも効率化と生産性の向上を目指す資本主義的視点からみると、明らかに手間はできるだけなくすべきものでしょう。

一方で、「手間がかかる」は、ポジティブなイメージを含むものとしてもつかわれています。

「手間をかけてつくられた商品」「手間がかかっている料理」などと聞くと、なんだかそのものにたいする期待が高くなるようです。

僕は、このポジティブで使われる手間のイメージが、近い将来、ネガティブなイメージで使われる「手間がかかる」を越えていくと思っています。

要は、「手間がかかる」という言葉は、ほとんどの場面において良い意味を含むものとして使われるようになるのではないかということです。 続きを読む

顧客に愛を届け、愛を受け取る。

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』のなかで、組織のマネジメントの成功例として、FAVIというフランスの自動車部品メーカーが登場します。

そのFIVIには、組織が存在する根本的な目的が二つあるそうです。一つ目が、「職の機会が少ない北部フランスの田舎町アランクールに、十分な雇用を生み出すこと」。

二つ目が、「顧客に愛を届け、愛を受け取ること」だそうです。 続きを読む

哲学なきものづくり。

家入一真さんが「哲学なき起業」というタイトルで、ブログを書いていました。

参照:哲学なき起業

哲学や思想、知性なき起業・企業は選ばれない時代になっていくと思います。ぼく自身が関わり支援するスタートアップもそうありたい。

知的・知性とは、常に傾聴し、謙虚に学ぶ気持ちを忘れない、ということだと思っています。人はすぐ「自分は何でも知っている」「自分の経験的にそれはうまくいかない」「自分の直感を信じろ」なんて、答え”らしきもの”をすぐに出してしまう。たかだか数十年しか生きてない人生の中でのわずかな成功体験に、再現性を求めてしまう生き物なのかも知れない。

知性とは、過去を悔やまず歴史に学び、明日を恐れず未来を想像しながらも、今をひたむきに生きる、ということなのかもね。

自分自身の信念や哲学を、どのように仕事と結びつけていくのかということが、個人的に今ホットなトピックなので、短い文章ながら家入さんの文章に共感を覚えました。 続きを読む

商品としての物ではなく、文化を売る。

人を強く惹きつけるのは、商品としての物ではなく、それが生み出される背景だったり、文化ではないでしょうか。

生み出していく商品にメッセージを込めることで、その商品の「価値」が何倍にもなるように思えます。

では、商品にどんなメッセージを込めるのか。

メッセージは、生み出す人の価値観や思想、そして商品をできていく過程などによって作り上げられていきます。そしてそれが、独自性をもっていると、共感する人が集まってきます。

いかに自分の哲学や思想、価値観を伝えていくか。一見すると、どうでもいいように思えることでも、それが今後、もっともっと大きな意味を持つようになってくるのではないかと思います。

抽象的な話になってしまいましたが、ふと考えたことを書きました。

今回はこのへんで〜。

ものづくりの作り手の顔は、オープンになっていた方がいい。

一昔前は、スーパーに野菜を買いに行っても、生産者の顔は見えませんでしたが、最近では「私が作っています」という言葉と共に顔写真が掲載されているのもよく目にします。

また車を走らせれば、道路脇に立っている広告の看板に、そのお店の責任者らしき人の顔がでかでかと載っていたりもします。

なぜ、わざわざ作り手だったり、仕事の担い手の顔を掲載するのか。

一番大きいのが、消費者に安心感を与えることができるからでしょう。また、なんとなく愛着をもってもらいやすくも思えます。

だれが作ったのかわからないものを買うよりも、作り手の顔が見えた方がいいですよね。 続きを読む

「自分たちがほしいものをつくる」が、ものづくりの原点だと思う。

ものづくりで生計を立てるのであれば、生み出したものを誰かに買ってもらわないといけません。

誰かに買ってもらえる可能性をできるだけ高めるためには、いわゆるマーケティングの手法を駆使して戦略を練ることもあるでしょう。

市場のニーズを分析して、それにできるだけ合致するような商品を作ることは、ものづくりにおいての基本中の基本なのでしょう。

ただ、僕が大事にしたいと考えているのが、「こんなものがウケそうだよね」というような市場のニーズありきのものづくりではなく、「こんなものがあったら絶対に買う」というように、自分たちがほんとうにほしいと思えるものを作る、ということにこだわるものづくりです。 続きを読む